[日本軍] 一式戦闘機"隼" WW2 Japanese Nakajima Ki-43"Oscar"


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日本ニュースより、大日本帝国陸軍で使用されていた、一式戦闘機"隼"、連合軍側コードネーム"Oscar(オスカー)"の訓練・実戦映像を抜粋しました。  1式戦闘機は帝国陸軍を代表する戦闘機として、太平洋戦争における主力機として使用された。総生産機数は5,700機以上で、旧日本軍の戦闘機としては海軍の零式艦上戦闘機に次いで2番目に多く、陸軍機としては第1位である。ハ25(離昇950馬力)を搭載した一型(キ43-I)の最高速度は495km/h/4,000mにとどまった。  最高速度では連合軍の戦闘機に見劣りしていた一式戦だが、機体が軽い、プロペラの直径が比較的小さい(効率は低いが加速に有利)等々の理由で加速性能に優れていた。その加速性能はP-47やP-51といった新鋭機にも劣らず、低空においてP-47が急加速した一式戦に引き離された、という事例が報告されている。ただしその軽さと脆弱性が災いし、特に一型では急降下時の加速に対する機体剛性に劣り、これが大きな弱点ともなっていた。  一式戦は1,000馬力級エンジン装備戦闘機としては非常に軽快な運動性を持っていた。しかし、旋回性能についても九七戦と同等以上の確保が要求されたため、キ44用に開発された蝶型フラップが装備された。 このフラップは空戦フラップとしても使用することが可能で、旋回半径を小さくするのに効果的であったが扱いが難しいため、熟練者でなければ実戦で上手く活用することは難しかったとされている。  最初の量産型である一型では、生産当初から被弾時の燃料漏れによる火災を防ぐため、外装積層フェルト式の防漏燃料タンク(防漏タンク・防弾タンク、7.7mm弾対応)を装備。二型ではさらに防火性に優れた外装積層ゴム式に換装、かつ大口径の12.7mm弾対応にしたほか、1943年6月よりの量産型からは操縦席背面に13mm厚装甲(12.7mm弾対応)の防弾鋼板追加装備している。  カタログスペックから見て太平洋戦争後半には完全に旧式化したと思われる一式戦だが、1945年まで生産が続けられた。後続となる二式戦は重戦型で、運動性能に優れた機体に慣れたベテラン操縦者の中には使いにくいと評価する者がいた。  三式戦闘機「飛燕」はエンジンの信頼性に問題があり全体的に稼働率が低く、1944年より主力戦闘機として重点的に生産・配備された四式戦は、そのバランスの取れた高性能と実戦での活躍により、アメリカ軍から「日本最優秀戦闘機」と評されたものの、末期にはハ45の質の低下や、高品質潤滑油や高オクタン価燃料の不足などによりこちらも信頼性に難があった。  一式戦は全生産期間を通じて比較的安定した性能を維持しており信頼性も高く、また新人操縦者にも扱いやすかったため使用は継続された。また、開戦初中期の航空戦に限らず、ビルマ戦線や中国戦線では大戦末期の1944年後半においても、P-40やハリケーンのような同時期に登場した戦闘機のみならず、P-38・P-47・P-51・スピットファイアといった連合軍の新鋭戦闘機との戦闘で互角の結果を残している。中でもP-38・P-47・P-51はビルマ戦線において一式戦との初交戦で一方的に撃墜されているなど、勝利を収めたことも少なからずある。これらは日本軍と連合軍側の戦果・損失記録の比較により裏付けも取れている記録である。(Wikiより抜粋)



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disturbed386x
no clue what they are saying but the Oscars were beautiful planes
Yoshi Ono
小学生の頃は一式戦と零戦の区別がつかず、レシプロ戦闘機に興味を持ち出した頃はひ弱なイメージしかなかった。ある時、親父に一式戦は格好悪い、ダサいと言ったら、叔父がこの戦闘機に載って戦ったと言われ、何でこんな戦闘機を作ったんだ、作るんならもっと強いのを作れ、叔父が浮かばれないと、中島飛行機の事をすごく恨んだことがあったな。一式戦なんて見るのも嫌だと思っていたが、時代は変わり、当時の状況や時代背景を少しずつ知り、こうして過去の映像をつぶさに見ていたら何故か目頭が熱くなった。貧弱な戦闘機を作ろうなんて誰も思わないし、望まない。メーカーは要求以上のものを作ろうとし、そして改良を重ね、最前線で戦った。皆、必死だったんだな、その思いが詰まった戦闘機だと感じる。 今はとても好きな戦闘機です。
getyudagesu
陸軍は宣伝上手だな、秘密主義な海軍より
time swing
昔むかしにプラモデルに夢中になり出した頃から隼は憧れの戦闘機でした。父は中国戦線にいて飛行中の隼を見ており 父の話によると戦争末期だったので隼は低空すれすれに飛行しており上空にP51が旋回飛行して睨みを利かせていたそうです。 まともに空戦すると敵わないこととP51はスピードあり過ぎるので隼を降下迎撃すると誤って地上に激突しかねないからそうして いたのだと聞きました。隼という名前ほど早くなくスピードで連合軍機に劣っていたのは残念ですね。エンジンが零戦と同じ栄型 を流用していたのでしょうがないか。 隼2型=515キロ、P51=700キロですから。 貴重な映像見せていただきありがとうございました。 プラモまた作りたくなりました。
Aislan LEITE PEREIRA
Este avião está no WarThunder
2719 TT
10分26秒からは隼ではなく97式戦闘機ですね。
大笑い海水浴場
ボロ負けしたけれど、当時の日本にこんな技術力が有った事が信じられん凄いわ!
Joe Lonzello
great video......want to see one at an air show some time...
Old, bald fat man
Thank you for this video as I've always enjoyed videos showing the Japanese side of the war.